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職員不足での国任せ、認知症高齢者はこうして孤立を深めていく

 

認知症高齢者はこうして孤立を深めていく

 

介護施設が不足していることで、国は在宅でのケアを推し進めています
介護職や介護施設の充実などを図るよりは「自分たちのことは自分たちでやってほしい
というのが「一億総活躍社会」の言葉の裏に隠れているのではないでしょうか。

 

地域住民の保健・福祉・医療の向上、虐待防止、介護予防マネジメントなどを総合的に行う機関である地域包括支援センター。
しかしその職員ができることはお宅へ伺い、意思表明を促すことです。
自己申告制ですので、本人が面会を拒否すると、介護保険を申請することはできません
それは本人が病気だという自覚を持てず、介護サービスを拒否するからです
「わたしは大丈夫だから。人を病人扱いするな!」

その結果、孤立して症状をより進行させ悪化させてしまいます。
70代で増え始め、80代では4割の人が認知症を患う時代です。

夫婦ふたりで暮らしていても、どちらかが認知症を患うと、孤立を深めるケースが多いのが現実です。
そんな例を覗いてみましょう。

 

他人を頼ろうとしないふたり。

大勢のなかにいるのがいや。
おもてへ出る、家から出るのがいやなの。
どこかへ行きたいと思わない。

そんな認知症の奥さまを介護する旦那さまは
疲労と睡眠不足で救急車で運ばれました。
それから食欲不振にもなりました。

旦那さま「この人の介護は自分以外には不可能だと思ってます。
認知症の介護してる人でね、なんとか東京オリンピックまで
それまではなんとか頑張ろうと頑張っている人がいるということを、
こういう生活をしてる人がいるとわかってほしいんです」
認知症の奥さま泣くことないでしょうよ、私はなんともないんだから

夫が奥さんを思うばかりに逆に孤立を深めてしまう。
助けが必要とわかっていても、その声が届くことはありません。

長年、連れ添ってきた相手だからこそ、介護は他人に任せたくない。
そう、多くの方が思っていらっしゃると思います。
病気になった本人も、病気になった姿を他人に見せたくない。

その結果、ふたりで暮らしていても周囲から孤立することが起きてしまうのです。

では、認知症を患っても、自力で生活したいと願う高齢者に社会はどう向き合えばいいのでしょうか。

認知症などを患い、自分で判断できなくなった高齢者に代わって、判断を下す者を置く。
その制度が(国が認めた)成年後見人です。

成年後見人は財産管理、介護保険の申請、介護施設への入所手続きなどを行います。

後見人になるのが主に、親族、弁護士、司法書士などです。

全国で16万人が後見人を利用しています。

82歳のお年寄りの例ですと、軽い認知症とはいえ、会話や歩行など日常生活に支障はありませんが、

月に20万円の年金を記憶力の低下から、振り込まれてすぐにあればあるだけ使ってしまっていたといいます。

そこで、後見人制度では財産管理を利用し、週に決まった額が後見人の来訪時に
必要な分だけ手渡しで支給される形をとることにしています。

自分のお金を人に管理されるのは怖いと思われるかもしれませんが、

きちんと国に認められた司法のプロの人たちです。

それに本人に任せていたら証券会社や投資会社から勧められ、財産のほとんどを出資に繰り返していた例もあります

しかも当の本人はその出資をしたことすら覚えていません。

不思議と消えていく預金残高に不安を増していくのです。

後見人が通帳を調べた所、数十万円〜百数十万円が何度も口座から引き落とされていたといいます。
(記憶力の低下から、後見人の調査が入らなければそのまま気づかずに、その証券が現金化されることはなかったでしょう。)

ビルの管理会社で40年の間、コツコツ貯めていた5000万円がすべて失われた例もあります。

後見人は、自宅で暮らしたいという要望を叶えるため、様々な介護サービスを利用しました。

しかし、日常生活に支障のない高齢者の場合、利用できる介護サービスには限りがあります。
介護サービスは「要介護度」で決まるからです。(1〜5段階の評価 )

この方の場合、サービスは週に3回。
買い物や掃除など、1回1時間だけです。

しかし、持病の高血圧の薬や、認知症の薬などを飲み忘れることが増えていきました

このままでは体調を崩してしまうのではないか、そう後見人は心配しました。

そこで24時間、介護をしてくれる施設への入所を勧めてみる後見人。

しかし、やはりと言いますか、「住み慣れた家を離れる決心はできそうにない。
と、そのお年寄りは言います。

後見人も「私達が(無理に施設に)入ってくれとは言えませんから」と提案の域はでませんでした。

たとえ、後見人であっても、緊急を要する場合以外は無理に勧めることはできないからです。

薬をきちんと飲んでいるか注意深く見ながら、様子を伺うことになりました。

しかし、それからあまり時をかけずしてそのお年寄りは、心臓発作で亡くなりました。

亡くなってすぐに見つかったわけではなく、その後見人の定期の訪問時に発見されました。

離れて暮らす弟も、施設に入らないか?と勧めていました。

周囲が勧めても、家を離れたくないと、そのまま逝ってしまった結果となりました。

 

こんな女性の例もあります。

体調を心配した役所の職員が、健康診断に付き添うために約束の日に訪問。

しかし、「どこへ?誰がいくの?私が?拒否する。私はいやだ。家を忘れるバカじゃない。
だって今起きたばっかりだもん。用意してない

約束を忘れていたようで、さらに病院に行くことも拒みます

しかしこの方は、ゴミが捨てられず(整理できず)、食事も1日2回から食事を摂るのもままならず、

そして、洗濯や入浴もおろそかになっていました。そこで、職員は認知力の低下を判断したのです。

根気強い説得の結果、病院に行くと、予想以上の認知症の進行が見られました

専門の施設に移って、時間をかけて治療を受けることになりました。

命を守るため、自治体がとった緊急の措置でした。

認知症を患って、自分で生活するのが困難になって、それでも本人の意思を尊重して、

自宅での生活を周囲が支える。

しかしそれは、時に命に関わる危険性もはらんでいます。

一方で、命を守ることを優先し、本人の意思と違っていても病院や介護施設に移ってもらうということもありえます。

極めて難しい選択です。介護の現場ではその厳しい現実と向き合って、高齢者の人としての尊厳を守りながら、

日々、取り組みを続けています。

しかし、認知症の方の急増に対して、支える側の人間は決定的に不足しています。

国は、在宅介護を推し進めていますが、制度の見直しや環境整備を急がなければならないはずです。

では、はたしてそれだけで十分なのでしょうか。

このようなお話を聞かせて頂く時に思うことは、このお年寄り達は、このような老後を望んでいたのだろうか。

自分で自分の老後のあり方を自由に決めることの手助けはできないのだろうか。

長生きをすればほとんどの人が認知症になるといいます。

いま家族がいても、夫婦ふたりで暮らしていても、いつかはひとりでの生活がはじまります。

けして他人事ではないのです。

老いるということから目を背けず、どのような老後をどこで、そして誰を頼りに過ごしていくのか。

認知症が進んでしまってからは”助けて”と言えないかもしれません。

そうなる前に、行動を起こしておくという準備が必要なはずです。

 

 

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