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思い描いた老後とは違う現実に、一時は自殺も考えた。

あの世に逝くまで見送りたい」 

認知症介護の現実として2ケースをご紹介します。

 

1ケース目:

娘さんを介護するお母さまのお話です。

 

お父さまは81才

お母さまは79才。

娘さんは57才になります。

 

その娘さんがこの若さでも認知症になってしまい、ご両親が介護しなくてはならなくなったのです。

 

娘さんの認知症発症初期につけていた日記を見させて頂きました。

 

 

「記憶がときどきぱっと途切れる」「今日、自分は今どこに向かってるのかわからず道の真ん中で立ち尽くしてしまった。とても怖い」「今日の献立をなににしようとしてたのか思い出せずにスーパーをぐるぐると周っていた。とても長い時間居た気がする。自分が情けない。」

 

そのころの娘さんが日々の事柄をつづったこの日記には、自分に迫り来る異変に対する不安があふれていました。

 

そのあとに続く日記には、日々の切実な不安とともにそんな細かいことまで忘れないためにつづる必要があったのかと思うほどの内容まで書いてありました。

 

 

娘さんが認知症と医者に診断されてから、しばらくは「まだ大丈夫だろう」とご本人は思っていたそうですが、そのひとり暮らしを心配するお母さまの誘いで同居を決めたそうです。

 

 

その同居からおよそ10年が経つそうで、

 

「どんな生活をしていらっしゃるのですか?」と尋ねるととても胸が痛くなるお話が返ってきました。

 

二人三脚で娘さんの介護を続けるこのご夫婦。

 

日中は週に5日、通所介護施設を利用していますが、

 

夜間になるとお二人でおむつ交換や食事の世話など慌ただしい毎日を送ります。

 

夜中に突然響く大声に、

 

眠っていたその日の当番だったお母さまは「また娘が呼んでいる」と思いながら布団から起き出るそうです。

 

重度の認知症に発展した娘さんは精神が安定しなくなるとその不安な気持ちから夜中でも関係なく悲鳴のような声をあげるそうです。そのたびにそばにいってあげて

「大丈夫だから、大丈夫だからね?」と声をかけに毎晩数回は起こされるそうです。

 

寝不足の日々は続き、疲れが残る体で日中を過ごすのはとてもつらいとおっしゃっていました。

 

このままじゃ、私が殺されると何度思ったことか…

という言葉が私は忘れられません。

 

 

 

特にお母さまは体重36キロの小柄な体で、娘さんの体位交換はとても大変。

 

腰と首にヘルニアを抱えるお父さまと2人がかりでの作業でないといけないそうです。

 

症状が進行する娘さんの姿に悲観するお父さまとお母さまは何度も衝突してきたと言います。

 

ただそんな衝突もありながら「1人でないことが本当に救いだった」と互いに振り返っておられました。

 

 

 

毎朝、美しい花を見せたり、たまに化粧を施したりしてあげると娘さんは笑みを浮かべるそうです。

 

「認知症でも理解していることはある。どんな状態でも娘が生きてくれているだけで幸せです」とお父さま。

 

そんなふたりを眺めながら、お母さまは

 

2人を見送るまでは、先に死ねない

 

と心に決めているそうです。

 

 

ーーー

この例を見てみなさんはどうお思いでしょうか。

私はこの時、この瞬間は

「大変ながらもとても幸せな最後の時間」

だろうと思います。

この例の要は、「ふたりで介護を分担できている

週5回の通所介護ができている

ということです。

もしもこのお母さま、あるいはお父さまになにかあったり、

動けない状態になったら娘さんの介護を自宅で行っていくことは

非常に困難になるでしょう。

ですから、このお母さまには、

「今からでも娘さんを預けられる施設を探しておいたほうがいいですよ。」

と答えさせて頂きました。

現状の日本の介護の実態ですと、

「思い立ってから入所までは3ヶ月はかかる」

といったことが常識な地域が多いです。

つまり、「もう限界だ」となってから3ヶ月は耐えていただくことになります。

是非一度、電話での問い合わせをしてみて、念には念を入れた前もっての行動を

今のうちにしておくことを老婆心ながらお薦めします。

ーーー

 

ではなぜそう言えるのかを国の方針を覗いてみましょう。

 

 

老老介護、施設の不足 深刻な実態

 

4人に1人が65歳以上の高齢者大国・日本。

医療の目まぐるしい進歩、栄養豊富な食事とともに国民の平均寿命は累々と延びましたが、

同時に認知症も急増傾向で、

老老介護や施設不足などが深刻な社会問題として浮かび上がります。

 

政府は、省庁横断で認知症対策を強化する初の国家戦略(新オレンジプラン)を決定しています。

主に、

▽容体に応じた適時・適切な医療・介護等の提供

▽介護者の支援

▽高齢者に優しい地域づくりの推進-など

7つの柱を掲げました。

安倍晋三首相は、

「最も速いスピードで高齢化が進むわが国こそ、

社会全体で認知症に取り組んでいかなければならない」

とその決意を語りました。

 

ではどれほど「最も速いスピードで高齢化が進むわが国」なのか見ていきましょう。

 

厚生労働省研究班が公表した推計によると、

全国の認知症高齢者数は、

団塊の世代層が全員75歳以上となる2025年には

最大730万人になるとされる。

 

認知症はもはや多くの人にとって身近な課題となりつつあるのです。

当事者や介護する家族らの苦悩、負担をいかに和らげていくのか

国の将来を左右しかねない重大なテーマとなっています。

 

 

2ケース目:

旦那さまが奥さまを介護する老老介護の現実

 

旦那さま78歳

奥さま75歳

奥さまは認知症とパーキンソン病を患っています。

 

今年で結婚55年を迎えるこのご夫婦ですが、奥さまが

66歳のときに手足や口がうまく動かなくなるパーキンソン病と診断され、さらに数年後には認知症と診断されました。

 

※パーキンソン病とは40ー50代になると発症率があがり、1000人に1人はなると言われています。1000人に1人はかなり発症率が高い印象を受けますがどうでしょうか。

 

専門的に言うと、脳のなかの黒質でドパミン発生→線条体→大脳皮質と命令が届くところ、

この命令のもととなるドパミンが不足することで、手足を動かす命令書が不十分となり、

うまく動かなくなる病気のことです。

 

 

さて、この旦那さまは寝たきりの生活が続く奥さまへの介護生活はもう10年近くになるそうです。

 

思い描いたものとはかけ離れた老後生活に目を伏せる日々だと言います。

 

「いつまでできるんだろうか…」

 

 

このご夫婦には家庭をもつお子さまがいらっしゃります。

お子さまといってもその娘さんも、もう50代です。

 

しかしこの旦那さまは言います。

家庭がある娘には頼れない。

 

奥さまに家事など家のことは任せて「男は仕事」と決めて定年までお仕事に励んでおられたそうです。ですからこの介護生活で当初は慣れない家事にも戸惑いの連続だったと言います。旦那さまが奥さまの介護をする場合、死別とは異なり、家事全般に加えて介護もしなければなりません。

 

「3時間おきにおむつを替えるのも重労働だ。

でもね、される方はもっとつらいと思うんです」

 

「仕事、仕事で忙しくしてた分、

定年を迎えたらゆっくり温泉に行ったり、たまには海外にも行ってみよう。

 

思い描いていた老後とは違う現実に、一時は自殺も考えたとおっしゃっていました。

しかも思うだけではなく、ほんとうにすんでのところまで行動に移してしまっていたそうです。

 

「(奥さまが)認知症と診断されたころ、夫婦で富士山麓に向かったことがあります。

スプーンも持てないから食べさせてやってたんですが、その頃はまだよかった。

普通に会話ができていましたから。

でもそれにくわえて今度は記憶がおかしくなっていくんです。

もうだめだと。このままふたりで楽になりたいなと思ったんです。」

 

奥さまを車いすに乗せて、富士山を眺めながら薄暗い樹海を進んだ。

その時は悲しいやら悔しいやら安堵やら様々な感情がわき起こり、涙をこらえていたそうです。

 

そんなとき、奥さまがぽつりとつぶやき、

 

「そろそろ暑くなってきましたね。夏になったら浴衣を着て、盆踊りにでも行きましょう。」

 

その言葉に「死ぬのではなく、この人のために生きなきゃだめだ」と思い直したそうです。

 

 

「今は、(奥さまを)介護することに生きがいを感じるんです。

 

ただ、不安は多い。

 

病院は薬をくれるが預かってはくれない。

介護保険でデイサービスやヘルパーを利用しているが、

 

出費がかさみ、蓄えを切り崩す日々が続いています。でもほんとうは預かってくれる施設を探したい。

 

長年の介護で私の体も悲鳴を上げている。」

 

いつ自分も認知症になってわけがわからなくなるかわからない。

認知症になったら自分が認知症という自覚がないひとが多いと聞く。

だからそうなるのが怖いんです。

自分が認知症になってから私たちを預かってくれるところに電話したり訪問したりとか。

そもそも探そうと思えるのか。

とても自信がない。

なんとか今のうちに手を打っておかなければとは常々思ってはいるんです。

 

そう旦那さまはおっしゃっていました。

 

「逝くまで見送りたい。妻を置いて先には死ねないというのが本音です。

 

でもきれい事ではなく、もっと切実。私に死ぬ自由はないんです。」

 

 

これから認知症といかに向き合い、どう支えていくのか、決して人ごとではないと思ってもらえればと思います。

 

私が気になるのは「娘さんはどうしているのだろう」と思いました。

 

どうやら「恥ずかしくて言えなかった」そうで、「今でもちゃんとお母さんの介護を続けているよ」と伝えているそうです。

 

実はこういう例は非常に多くて、

まさか(親が)そんな状況だったなんて知らなかった。

事が起きてしまってから遺書や日記等で知ることになるケースが多いのです。

 

このご夫婦の場合、奇跡的なひとことで持ち直したとはいえ、

一度は死ぬことを考えてしまいました。

 

・「自分はまだ(介護を)続けられる」と思っていませんでしょうか?

・もしかしたら「(親が軽度の認知症と診断されても)まだ平気そうだから」と思っていませんでしょうか?

・「施設に入るなんてやだ!自分の家で死にたい!」と言われたことはないでしょうか。

 

老老介護は殺人を生む。この現実を知っていただきたい。

そんな悲しいことが起こるのを避けたいのです。

 

認知症といかに向き合い、どう支えていくのかは、

老老介護をしている親をもつ我々が代わりに考えてあげる必要があると思って止みません。

 

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