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こうして介護殺人は起こる。その想いとは

いま日本では2週間に1度

介護殺人”が起きている

 

介護殺人の受刑者はこう言う。

私が殺めてしまったのは 実の母です

認知症を患っていました 私を産んでくれた母を自らの手で

命を奪ってしまったことを 罪の大きさを

深く深く反省しております

 

今、介護に疲れた末に家族の命を奪う介護殺人が全国で相次いでいます

 

加害者はなぜ一線を超えてしまったのか。

事件を防ぐことはできなかったのか

 

83歳の女性は、介護をはじめてわずか3ヶ月で事件を起こしてしまったといいます(絞殺未遂)

取材のなかでは多くの人が1年にも満たないうちに家族を手にかけていたことがわかったそうです。

 

もう どん底 介護する方も

くたくたで頭が動かなくなっちゃう

それこそ悪魔が来て それしかない

それしかない それしかないって

 

今日本で介護を受ける人は557万人。

 

アンケートでは

「相手を手にかけたい」「一緒に死にたい」

と思った人は、じつに

4人に1人

に登りました。

 

ー母親を介護している男性談ー

1番つらいのは自由がないということ。

うちにおふくろがいなくなったほうが

これで介護が終わると(思ってしまう)。

 

 

ある日突然はじまる介護で追い詰められる人々。

私は家族を殺した。

当事者たちの告白です。

 

71歳の男性は、42年間連れ添った妻を手にかけたと言います。

妻の後を追おうと手首や首を切りましたが、死にきれず自首。

執行猶予のついた有罪判決を受けました。

自分たちのような事件を繰り返してほしくない。

その思いを吐露していただきました。

 

自首して1週間ぐらいは

取り調べの間に

自分自身も「殺してくれ」と何回か訴えた

だけど 取り調べでは 「生きて償いなさい」と

言われました

こんな形で 夫婦が終わるなんて 思いもしなかった

 

介護をはじめて1年。

なぜ男性は追いつめられたのか。

 

お見合いにて笑顔に一目惚れして結婚。

そして老後は夫婦水入らずで過ごしていました。

それが一変したのは、妻が腰を骨折し、歩けなくなり、入院してからです。

退院後、自宅での介護がはじまりました。

 

まさか自分が妻を介護すると思っていなかった

退院すれば  また元の生活に戻れるということしか頭になかった

42年 結婚生活を続けていたので できるんだったら自分がやってやりたい

そばについてやりたい

そんな気持ちが強かった

 

男性は妻が治ると信じ、歩行訓練に熱心に付き添いました。

不慣れな洗濯、炊事、そして介護。

すべてひとりで担うことになりました。

 

日記をつける生活をし、そして妻は夫の懸命な介護でリハビリを続け、

一時的に歩けるまでになったそうです。

 

しかし、介護をはじめて3ヶ月後、妻が再び腰を骨折。

ほぼ寝たきり、排泄もほぼひとりではできなくなりました。

 

日記には

排便がなく 薬が増えるばかりで、苦痛を感じておる。

なんとか自分で出せと言っても「力がない」と

悲しそうな顔をするので心が痛む。

 

起きた時、大便を漏らしたので、パンツを捨て、ズボンを水洗いして、洗濯機で洗った。

 

 

妻もたまに「ごめん」と言うこともありましたよ。

だけど「それはもう気にしないでいい」と

これが介護だ これが介護だと思いましたね。

 

しだいに妻から笑顔が消え、自分の惨めな姿を近所の人に見せたくないと、

部屋の障子をあけることすら拒むようになりました。

 

懸命に介護をしても絶望を深めていく妻。

男性の心も沈んでいきました。

 

そして介護をはじめて10ヶ月

妻からある言葉を投げかけられます。

 

死にたい 殺して

 

返す言葉がなかったですね

ただそれが頻繁にそういう言葉が出てくると

自分自身が心が折れて

自分がその中に引きずり込まれる

もう自分自身でブレーキの踏みようがなかった

「何とかして自分たちでやり直そうや」

「何とかして治そう」と言ったんですけど

勝てなかった(あらがえなかった)

 

妻は死にたいと1ヶ月泣きながら訴え、

自分の手で自分の首を絞めるようになりました。

 

事件3日前の日記には、

妻がその後、「生きるのがつらい」と言い出した。

今迄何回か聞いた事だが、僕も限界に達し

「分った。自分達の身の回りを片付けよう」と返した。

近く、人生の幕を閉る。

 

夫婦の最後の会話が裁判記録に残されていた。

本当にいいね?

後悔しないね?

もう後戻りできないよ?

 

うん 確実に殺してね

 

もう目の前が真っ暗っていうかな

自分が行動を起こす直前には

なんか言葉として出てこないような

なんかもう思い出したくもない

 

 

介護をはじめて11ヶ月

男性は一線を越えてしまいました。

 

介護殺人を起こすケースは1年未満介護期間が最も多く

全体の26%でした。

介護をはじめたばかりの時期が最も辛かったといいます。

 

認知症の母親を介護

女性(39)「介護をはじめてすぐに、今後の自分がどうなるか、母がどうなるか

誰にも相談できる人がいなくて、不安でしかたなかった」

認知症の夫を介護

女性(69)「介護をはじめて最初の頃、元気だった頃とのあまりの落差にがくぜんとした。

肉体的にも精神的にも追い詰められていた。」

 

はじめて直面する介護の現実を受け止めきれない家族の姿が見えてきました。

 

 

全国の介護殺人の実体を探っていくと、立場の弱い家族に

介護の負担が重くのしかかっている実体も浮かび上がってきました。

 

次の取材に応じた男性の弟が母親を介護中に、殺人に至ったといいます。

昼夜を問わず暴れだす母親で、認知症の症状が重く、片時も目が離せない状態だったそうです。

 

当初は母親の介護を男性が担っていました。

メーカーの正社員として働いていた男性。

日中はデイサービスに母親を預け、帰宅後は介護に追われる日々でした。

 

「私もこのままいったら危ないなと思って。

介護疲れというか、夜眠れないし

仕事は行かないとならないし」

 

仕事と介護の両立に限界を感じた男性が呼び寄せたのが、失業中の弟でした。

しかしその2ヶ月後、事件は起きました。

 

「私が自分の苦しみから逃れたいから

弟を呼んで、みんなでお袋を介護して

いい方向に向かせたいと思ったのが

裏目に出てしまった感じだから

私が弟を呼ばなければこんな事件は

起こらなかったと 今でもそう思ってますずっと」

 

弟はなぜ母親を手にかけてしまったのか。

懲役8年の判決を受け、服役しています。

 

「兄は一人で母の面倒を見ていて

おととしの10月 私に電話をかけてきて

「母の認知症がひどくなったから助けてくれ」と言われてしまいました

私はもしその時「手伝ってくれ」と言われたら断るつもりでおりましたが

「助けてくれ」と言われたら「うん分かった」と言うしかありませんでした」

 

25年ぶりに実家に帰った弟。

母親の姿に衝撃を受けたといいます。

 

「私の言うことは分かってもらえず

母も日本語ではない何か

私もさっぱり分からない言葉を大きな声で

再現できないのが非常に悔しいのですが

「~~~~!!!」

と、何を言っているのか全く分からず

意思の疎通ができない時間が

1日のうちの大半だったので

それが一番つらかったです

私は母のことを

母の皮をかぶった化け物だと思っていました」

 

それでも母親の介護から逃れることはできませんでした。

母の介護ができるのは、家族のなかで仕事のない自分しかいないと思ったからです。

 

「私には逃げる場所がありませんでした

どこにも逃げ先や行くあてもなかったんです

犯行のほんの数日前のある晩

夜7時すぎに

トイレから出てきた母が着ていた

パジャマや手に持っていたタオルに

大便をどうやったらそんなに付くのかというくらい

大量に付けて

私のほうに泣きながら

「私は何か悪いことをしたんですか」

と言いながら来たので

一番つらくて一番かわいそうなのは

母本人なんだと思いました

私はその時 母を楽にしてやれるのは

俺しかいないと決めて

その2,3日後に犯行に至ってしまいました

それが全てです」

 

どうして弟さんが

介護を担わなければならなかったのでしょうか?

家族だから、です

 

弟は今、独房のなかで母親に手を合わせる日々を送っています。

 

介護経験者の声です。

 

ーー女性(74)ーー

家族が何人いても結局介護者は一人だけです。

社会的に完全に孤立した状態に追い詰められていて、

自分だけが世の中から取り残されているという恐怖感を強く持ちました。

ーー女性(47)ーー

介護中は孤独です。

子供たちが居ても忙しい年代で、実際手を差し伸べてはくれない。

忙しいことはわかっているから私からも言えない

ーーーーーーーーー

 

さらに、周囲からの支えがあったのにもかかわらず

介護殺人に至ったケースに出会いました。

 

”介護殺人”調査

介護サービスを利用していたのは75%でした。

富山県のある家で介護殺人が起こりました。

長年連れ添ってきた夫婦

妻:当時80歳 夫:当時75歳

認知症の妻をデイサービスを利用しながら介護していました。

懲役7年の判決を受けた夫に話を聞きました。

 

妻がわたしを繰り返し侮辱してきた

おかしくなると 手がつけられなくなる

我慢の毎日でした」

 

夫は市の担当者と相談し、介護保険制度を利用することにしました。

まず介護サービスを利用するために要介護の認定を受けました。

妻は要介護2の診断を受けました。5段階のうち、軽い方から2番目でした。

 

認知症であっても歩くことや食べることに問題がなかったためです。

 

夫は特別養護老人ホームへ入居させようとしました。

しかし入居している人の多くは要介護3以上

さらに600人以上が入居待ちで諦めざるを得ませんでした。

 

「民間の老人ホームも

とてもじゃないが

私たちの収入じゃはいれない」

「施設にはいれず

私しかめんどうをみる

人間がいなかった」

 

妻の妄想や暴言に耐えかね、

夫は手を出すこともあったと言います。

そこで日中、妻を預けるデイサービスを利用することにしました。

 

しかし要介護2の妻を施設に預けることができたのは、

週に2,3回

多くの時間は夫が妻を介護しました。

 

デイサービスの施設長(当時)

介護に悩む夫を自宅まで訪ね、相談に乗ってきました。

 

「お父さんができる範囲での介護は

一生懸命にお父さんはやっておられたので

今晩一晩寝て 明日の朝また電話してね

という形で対応していましたが

多い日は5往復ぐらい

行ったり来たりして話聞いたりしたんですけど」

 

デイサービスを利用して1ヶ月あまり、

夫から一本の電話が施設長にかかってきました。

 

妻の妄想で気がおかしくなりそうだ

預かってほしい

このままだと殺人者になってしまいそうだ

 

施設はそれまでも夫からの急な電話に対応してきました。

しかしこの日は他の高齢者でいっぱいで、

受け入れることはできませんでした。

 

そして事件当日。

暴言を繰り返す妻とはげしい口論になった夫。

衝動的に包丁で刺しました

介護サービスを利用しても

認知症の妻を支えきれなかった老老介護の現実

 

今の制度では出来る支援が限られていると言います。

「認知症になればみんな施設に入れるかというと

まず無理なので

世の中の構造というか社会的な問題

これからますます認知症の人が増えますから

本当に今の社会の仕組みや

システムを真剣にどうにかして考えないと

これからの介護殺人は永遠になくならず

逆に増えていくだろう

 

相次ぐ介護殺人を介護の経験者たちはどう受け止めているのか

介護している相手を

手にかけたい 一緒に死にたい

と思ったことがあるか尋ねました。

 

ある ときどきある24%

じつに4人に1人にのぼっていました。

女性(63)「母が深夜叫びはじめてからは

死んでくれたら楽になると思い

枕を母の顔におしつけたことがあった」

男性(51)「終わりの見えない状況に絶望し

自分の将来を考えれば考えるほど

絶望感が増し

親子心中や自殺を考えるようになった」

 

 

認知症になった母を11年にわたって介護しました。

当初 妻に母親の介護を任せていました

しかしその後離婚

妻は家を出ていきました。

 

ひとりで介護をすることになったので、

勤めていた不動産会社を辞めざるを得ませんでした

今は母親の年金で暮らしています

 

苦しい胸のうちを母親がデイサービスに言っている間に語ってくれました。

 

 

「根本的なところで言うと一番つらいのは

やっぱり自由がないってことですね

手足を鎖でつながれた

なんかこう牢獄にいるようなそういう感覚です

介護している身としては

かなりきついですね たまんないです

だからほんと介護ロボットみたいな感じですね

ただ介護するためだけに

今の自分がいる 生活しているみたい」

 

これまで誰にも話せなかったことがあると言います。

 

五年前、母親が脳梗塞で倒れ、意識を失いました。

その時、救急車を呼ぶことをためらったのです。

 

「なんかこうね 倒れているお袋を前にして

ぼーっと ぼう然と見ている

眺めているというか 見ているというか

あのまま放置してね お袋がいなくなったほうが

これで介護が終わると

これでやっと自由になれると

それであの行動をとったんだろうなと

それしかないじゃないですか

他に 考えてみれば」

 

すぐに母を助けなかったことを強く悔いている。

介護殺人は決して許されないとしながらも

複雑な思いがあるといいます。

 

「介護の事件に関してですけど

ああやっと介護終わりましたねと

お疲れさまとですねと (加害者に)言いたい

お疲れさまと言ったらちょっとあれだけど

失礼かもしれないけど

良かったですねとも言えないし

でも終わりましたねと

まあでもその後 罪を償わないといけないので

刑務所に入ったりあるかもしれない

それよりも何よりもまず

介護が終わりましたねと

終わったんですねと声をかけたい まず うん」

 

介護する人にきちんと目を向けてこなかった私たちの社会。

今日も懸命に介護をし続ける人たちがいます。

 

 

妻に殺して欲しいと頼まれ、事件を起こした男性

寝たきりの妻を殺害した男性(71)

 

(仏壇に手を合わせながら)

「こんにちは

今がつらいですね

今は写真でないと会えないから」

「長男と電話しているときに

おやじは許さん

と長男が言いました

自分は妻を憎くてやったんじゃない

とそのことは言ったんだけど

長男は聞き入れてくれなかった」

 

わずか2年前までふたりはおだやかな老後を送っていました。

誰もが突然介護を担う時代。

この夫婦と私たちをへだてる一線はあるのでしょうか。

 









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